月イチ更新をするための文章

さすがに月に一回くらいはブログを更新しないと、自分自身がその存在を忘れてしまいます。

なので月イチ更新を守るために、本日2月28日のうちに何かしらの記事(エントリっていうんだっけ?)を更新したいと思いました。

ですが私は、インプットもアウトプットもほぼゼロの無気力人間です。食べ物をインプットしては、その残りをアウトプットしているだけの人。よって、取り立ててブログに書くことなどありません。どうしましょう。

とりあえず、私が普段とりとめもなく考えている人生論を書いてお茶を濁すことにします。濁していいのは綾鷹だけですが。

ちなみに私の頭の中は、このような人生論と食べ物のことで9割がた埋まっています。脳内メーカーだったら「生」と「食」ばかりです。生食。

 

 

『人の目を気にして生きるなんてくだらないことさ』と忌野清志郎は歌っていたけれど。

それでも私は人の目を気にして生きてしまいます。

 

思うに、人の顔色を伺って生きることは、自分の人生の責任を他人に押し付けることではないでしょうか。

「私がこのように行動するのは、私がそう動くことをあなたが望んでいるからなのよ。私が考えてそうしてるんじゃないのよ、あなたのせいなのよ」ってな具合に。

 

何も考えずに他人のせいにしていれば、自分は悪くないですものね。その結果何が起きても、そういうふうに納得できますよね。本人は。

 

自分の主導権も責任もすべて他人に引き渡して、何も考えずに、心を無にする。

そうしたら、かなり楽になるはずです。すべて他人の自動操縦。自分はその身に起こることをただひたすら感じるだけ。究極の受け身。

そんなの全然楽しくないと思いますが。

 

そう考えるとやはり、時には流れに逆らうことも、生きてることを実感するには重要なのでしょう。死んだ人間は決して泳ぎませんから。

 

 

……なんだこれ?

※この記事はあくまで個人の感想です。

書かれている内容の真実性や、あなたの人生を保証するものではありません。